取材・文/働きかた研究所 平田未緒
※出典:働くママ&パパに役立つノウハウ情報サイト「日経DUAL」(2014年6月 平田未緒執筆記事を、同サイトのご厚意のもと、転載しています)
長男が小学校に上がるタイミングで、下の子を保育園に預けて、スーパーのパートとして働き始めた園丘さんは、夫の被扶養者の範囲も超えて、バリバリと働いてきました。ところがある日、彼女に「レジ係」から「総菜係」への異動の話が持ち上がります。そのときに感じたパートという仕事のやりがいと限界とは? そして彼女が正社員にならない理由とは?
園丘真美さん(仮名/42歳)がパートで復職したのは、8年前。結婚で仕事を辞め、ほどなく長男を授かったが、その長男が小学校に上がるのを機に、下の子を保育園に預け、自宅近くのスーパーで働き始めた。
もともと積極的な性格。特に「スーパーで働きたい」との思いがあったわけではなかったが、園丘さんにとって仕事は、どんどん大きな存在になっていった。 痩せ型だが筋肉質。ずっとヒップホップのダンスを続けていて、体力はあるほうだ。
近所のスーパーでのパート募集に応募、レジ担当として働き始めたときは、年収103万円の、所得税の非課税限度額であり、配偶者控除内で働いていた。その後、自ら保険料を支払わず、夫の被扶養者として将来基礎年金がもらえる厚生年金の第三号被保険者でいられる範囲、つまり「週30時間未満」「年収130万円未満」まで徐々に勤務を増やしてきたが、今ではその制限も超え、自ら厚生年金に加入するまでになっている。
ほぼフルタイムで勤務する、入社8年目・42歳の主婦パートといえば、店舗運営のコア戦力。入社時以来レジを担当し、自他共に認める実力がある。スピードはもちろん、レジ後の商品をかごに並べる美しさ、周囲への細かい目配りやサービスカウンター業務等、あらゆる仕事に精通する。
それだけではない。シフトや勤怠など他のパートの管理も担当する。ここ数年は、高卒の新卒新入社員が入ってくるたび、レジ部門の実務教育も行ってきた。
「まる7年レジを担当してきたわけですから、既にレジ業務は知り尽くした感があります。お客様からの大小様々な質問やクレームは毎日のように発生し、対応は待ったなしです。正直なところ、レジならどんな場面でも、ほぼ切り抜けられる自信がつきました」
「ともかく人と応対しているのが好き。接客が好き」で選んだ仕事。入社当初は、「正直なところ、スーパーでここまでしっかり働くことになろうとは思わなかった」が、いつしか「天職かも」と思うまでになっていた。
「レジって、単にお客様を待ち、お会計をするのが仕事ではないんです。お店でお買い物をしていただいて、最後に必ず通る所。ここでの印象が良いのと悪いのでは大違いなんですよね。だから、混んでいるときは一層スピードを上げますし、ご年配のお客様の場合は動作もゆっくり。お客様に話しかけられたり、質問やご要望を受けることも多く、臨機応変な接客が求められ、そこにやりがいを感じてきました」
そんな園丘さんには、レジなのに「固定客」までついている。他のレジが空いているのに、園丘さんのレジにだけ人が並ぶことがあるのである。
「ご年配の方が多いのですが、わざわざ並んで、私に声をかけてくれるのです。最初にそのことに気付いたときは、胸が震える感動を覚えました」
そんな大ベテランの園丘さんが、7年ぶりの“新人”気分を味わっている。慣れ親しんだレジ部門から総菜部門に、異動したのだ。
「本社総菜部門の課長から、直接打診されました。その課長は、私が入社したときにレジ担当の係長だった方でした。つまり、かつての上司です。しかも、主婦パートから正社員登用された方でもあり、好きで尊敬していた方だったので、とってもとっても、悩みました。それでも最初は、お断りしたんです」
接客が好きで選んだ仕事である。実際、お客様受けも抜群であり、レジを担当すればナンバーワン、との自負もある。
総菜に異動すれば、お客様との直接の接点は激減する。しかも料理は、実はあまり好きでもない。加えて総菜部門には、同世代の女性パートが少ないことも、不安要素の一つだった。
「総菜売り場のパートは、50代後半以上、勤続10数年という、スーパーの主のような方ばかりでした。あとは、夕方の繁忙時間帯に来る、お小遣い稼ぎの学生アルバイトさん達で、入れ替わりも激しく、誰が誰だかよく分かりません。そんな場所で、レジを任されてきたときのような充実感が得られるのか、全く自信が持てなかったんです。
半面、総菜でずっと新人パートを募集していることも知っている。レジからの異動は、苦肉の策であることは、園丘さんにも容易に想像がつく。
それでもやっぱり、首を縦には振れなかった。接客が好きで、ここまで極めて、会社に貢献してきたのだ。「今さら、なんで私が」との思いが拭えない。
ところが課長も、負けなかった。
「『総菜には、レジとは違う面白さがある』のだと、何度も力説するんです。『言われたことを、ただやるのではない、あなたのように仕事に能動的に取り組める人だからこそ、総菜の面白さを感じられると思う』んだって」
他の誰でもない「園丘さんだから」との理由に基づく、信頼する元上司からの異動の打診。最終的には、園丘さんが折れる形で、総菜部門への異動が決定した。
しかし、実はもう一つ、園丘さんの心を動かしたものがある。
「レジは、お買い上げくださった商品を、ただカウントしお金をいただく『待ち』の仕事。でも、総菜は違う。自分の工夫次第で、自ら売り上げを作っていける、能動的な仕事」という、課長からの仕事の説明だ。
「やってみても、いいかもしれない」
がぜん、興味が湧いてきた。そして実際に総菜部門に異動してみて、想像以上に手応えのある仕事だと実感する。
例えば “お買い得”の赤いシールや、“手作り”と記した緑のシール。これを貼るだけで、売り上げが違うのだ。もちろん、シールにウソはない。でも、こんなに違うものかと驚いた。
「シールは、すべての商品に貼っても意味がありません。“お買い得”シールはチラシ掲載商品に貼りますが、雨の日など、その日の天候など状況に応じて“空揚げ”を1つ増量したり、価格を微妙に落としたりなどした商品にも、貼り付けます」
他にも、来客が増えてきた夕方時間帯を狙って“タイムセール”を実施するのも、大変効果的であるという。
最近、こんな経験もした。
「『おにぎりは、それを買うことを目的にしている人が多い商品だから、多少不便な場所に置いておいても、売れるのではないか』という仮説を立てて、お総菜コーナーの一番奥に移したんです。その代わりに、今まで最奥に並べていた商品を、おにぎりを置いていた、お客様の目に留まりやすい場所に移しました。そうしたところ、その商品の売り上げが、まさに倍増したんです」
ちなみに、おにぎりの売り上げは、当初のもくろみ通り、減らなかった。つまり、もともと最奥に置いていた商品の売り上げの伸びが、そのまま総菜コーナーの業績を底上げした形である。
「すごい! って、思いました。このワクワク感は、レジでは味わえないものでした」
もちろん、すべてが思い通りに運ぶわけではない。でも、そうした微妙な変化に合わせた計画的な売り場づくりは、園丘さんにとって未知の世界であり、ものすごく面白いことだった。
ちなみに勤務は、週5日。このうち4日は朝8時半に出勤する。残りの1日は、昼食後13時からの勤務である。一方、終業時刻は17時だが、その時間にはまず帰れない。18時以降の残業が常態だ。
朝から夕方まで働くスタッフは4人。正社員1人と仲間のパート2人と園田さんだ。他に、午前だけ来るパートが6人と、夕方以降に来るアルバイトが5人いる。残業になってしまうのは、13時~17時の時間帯に求められる仕事の密度が高いからだ。
「13時から17時は、スーパーにいらっしゃるお客様も少なく、特に総菜は売れ行きが鈍る時間帯です。その時間帯に、材料を切るなど翌日の下ごしらえを、全部済ませないといけないのです」
といって、午前中がラクだということもない。ここは、まさに時間との戦いだ。
「午前中は、長く務めているベテランパートさんが多く、主に彼女達が調理を担当してくれます。近くに小さな会社が多く、お昼の時間帯は圧倒的に弁当が売れるので、大量の弁当を作るのです。私の役目は、出来た弁当にラップし値付けをして、売り場に運ぶこと。ともかく12時までに、すべて並べ終えることが重要です。作業がスムーズにいかず、品出しが遅れてしまうと、そのまま夕方までの、売れ残りと化してしまうんです」
毎日、終日が時間との戦い。体力自慢の園丘さんだが、家に帰れば自宅の家事もあり、体力的にはかなりきつい。それも、子どもが小学校高学年と中学生まで成長したから、できること。「おやつを食べて我慢してもらい、夜の8時過ぎに走って帰宅して、慌てて夕食を食べさせる」ことで切り抜ける。
やりがいはある。でも、ジレンマもある。
「もっと仕事ができるようになりたいんです。例えば弁当も、ラップや値付けだけでなく、自分で全種類作れるようになりたいです。常に、できるだけ『出来たて』をお求めいただけるよう、仕事の段取りも工夫したいと思っています。でも、なかなかそうはなれなくて」
総菜への異動を打診してくれた課長にこうした悩みを相談すると、「まだ半年なのだから、焦らず、ゆっくり」と言われてしまう。
言われれば、納得する。でも、成長したい気持ちは変わらない。
「もちろん、頑張った分、時給も上がってほしいです。ちなみに総菜とレジは同じ時給で、私は1000円もらっています。昇給もしてきましたが、評価に応じたものではなく、理由や時期などの根拠は分かりません。不本意な気持ちもありますが、パートってこんなものなんだろうな、とも思っています」
評価に応じた昇給基準はないが、繁忙時間帯の時給アップはある。
「土・日曜・祝日は、いずれも時給が100円増しです。ちょっと悔しいのは、レジだと平日の17時以降も、100円アップになることです。総菜に異動した私は、1日8時間以上働けば、時間外割増賃金はもらえますが、単に17時以降に勤務しても、その分の上乗せはありません」
そんなこともあり、「総菜に異動して後悔してないの?」と、かつてのレジ・パート仲間からよく言われる。年収制限をしていない園丘さんにとって、時給は高ければ高いほうがよい。でも、園丘さんの答えは決まっている。「異動してよかった」だ。
レジは「極めた」という実感がある。一方、総菜は、すべてが「まだまだこれから」。未知の部分がたくさんあり、そこが仕事の面白さになっている。
評価に応じた賃金制度のあるスーパーに、転職もできると思うが、「この年でいまさら、新たな職場に飛び込む気持ちもない」と言う。元上司が、パートからの正社員登用で課長にまでなっている実例もあるが、正社員になりたい気持ちも、今はない。
「自分も大好きで通っているヒップ・ホップのダンス教室に、娘と息子も通わせているんです。親ばかですが、2人とも本当にカッコいいんですよ。正社員になったら、一緒に教室に通ったり、発表会の準備をしたり、親としてそれを手伝う余裕がなくなってしまいます。それは、嫌だなって」
今だからこそできる楽しみを、満喫したいと思っている
[終わり]
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