記事:働きかた研究所 平田未緒
新型コロナウイルスの、ワクチン接種が始まった。傘寿の母には、すぐに接種の順番が来るだろう。
母には、もちろん接種してもらいたい。そして、できれば接種に、ついていきたいと思っている。
なぜなら私は、副反応がすごく怖い。副反応の恐ろしさを、目の当たりにしたからだ。
一昨年、最愛の妹が、40代の若さで逝ってしまった。病は予想もしない速さで進行し、アレルギーのせいでどんどん使える薬がなくなって。最後は治験に参加した。
治験とは、動物実験を経た「くすりの候補」の、いわば人体実験のことである。人での効果と安全性を、調べるためのものだから、投薬しても効くかどうかはわからない。何が起きるかもわからない。
それでも治験に参加して、治療を継続することを、妹自身が選択した。一人で育ててきた娘のために、少しでも長く生きたいと願う心が、その決断をさせていた。
妹は、もともと気遣いの人だった。「闘病」が始まってなお、常に母の調子を気遣って、私には「お姉ちゃんは仕事して」と言い続けた。その妹が、治験では全面的に、私の付き添いを受け入れた。
だから、点滴が始まって、「あれ?」と感じることがあればすぐ、看護師や医師を呼びに走れた。それでも、副反応は、付き添う私が怖くなるほど、ときに激しく表れた。
ほどなく、彼女の願いは潰えてしまった。そして私は、空っぽになった。
空っぽな心は、不思議だった。淡々と何も感じなかったり、何をしても、何をしなくても涙が出た。
そんな日々のなか、私はふと、あることを、妹から学んだことに気が付いた。
それは、自らのあり方を、自ら「決め」ることである。
妹は、何があっても生きようとすることを「決め」ていた。心身ともに本当に苦しかったろうけれど、そのことが妹の最期を、妹たらしめていたと私は思う。
そんな妹の傍らで、私も自らの「あり方」を、自ら「決め」ていた。
例えば、私たち家族を恨み憎むかのようだった、妹につながる身内の子どもを「愛する」と、ある日を境に心に「決め」た。
正直なところ、「この子と生涯、身内だなんて、耐えがたい」と、思ったことすらある子である。一方で、もっとうんと小さいころから、その子をすごく大事に思ってもいた。
その関係性が、いつから、なぜ、ここまでこじれたのか、わからない。でも、そんなことはどうでもよく、ただただその子を「愛する」と「決め」たのだ。以降、その子にどれほど嫌がられ、毒矢のような言葉を浴びせられても、私は愛を届け続けた。
1年を待たず、その子と私たち家族との関係性は、劇的に良くなった。
実は、この前に、土台のような「決め」があった。妹が、何があっても「生きよう」と決めたように、私はともかく相手を「信じる」自分であろうと「決め」ていた。
といっても、実際には小さな行為の積み重ねだ。例えば相手が自分を褒めてくれたら、その褒め言葉をただ、信じる。
逆に言えば、「いえいえ、そんなことないですから!」と、即座に否定するのを止めてみた。「私を慮って言ってくれたのね」とか、「本当の私を知らないから言えるのよ」など、相手の行為に勝手な理由をつけることも止めてみた。
すると、これまた1年を待たず、私と周囲との関係性は、劇的に変化した。加えて言えば、私と「私自身」との関係性も、圧倒的に変わったのだ。
そして今、私は、私の人生を、取り戻したかのような感覚で生きている。
それにしても、私はなぜ、相手の言葉を信じられなかったのだろう。
理由は、私が私自身を「だめな人」だと決めてかかっていたからだ。
――私の発言自体に価値はない。それでも相手に会話したいと思われるには、私自身が瞬時に相手のニーズを見抜くこと。そこに自分の言葉を乗せていく。こうすれば、相手の期待に添った応答になるはずだ――
こんな思考が、いつもいつも作動していた。
さらに思考は、こう続いたのだと、今ならわかる。
――自分がこうであるならば、程度の差はあれ、相手も同じことをしているはず。つまり、相手の言葉は、相手の心からのものではないはずだ――
いやはや、なんという負のループだろう。
しかもこのループは、あまりに巧みでスムーズ過ぎた。なので、私自身、ループに気づいていなかった。たぶん、会話の相手もそうだった。
ところがだ。
相手を信じると「決め」てみたら、こんな負のループが見つかった。
しかも、「決め」た瞬間、負のループはダイナミックに逆回転し始めた。
もちろん、何でも信じればいい、わけではない。見ず知らずの人についていってはいけないし、電話口の「息子」は詐欺かもしれない。
だからこそ、そこはワクチンのように、慎重に。その上で、自分のあり方を何か一つ「決め」てみる。すると、きっと何かが変化する。
私の場合、人とのつながりが変化した。心でつながり、信頼でつながり、大きな喜びでつながれた。
私の仕事は、共に働く人たちを、信頼でつながり同じ目的の下で協働する、「相思相愛」な関係に、いざなっていくことである。
私が願ってやまない「相思相愛」な関係が、ワクチンのように、『決め』たことで、仕事・プライベートにかかわらず、どっかんどっかん、起きている。
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