記事:働きかた研究所 平田未緒
「今までほったらかしにしていたくせに、急に厳しいことを要求されても、なんの説得力もない。自分の都合で行う、自分本位のにわかマネジメントはやめていただきたい」
「は?」
この人は一体、何を言っているのだろうか。
退職を控え、毎日遅くまで残業していたときだった。相手は、自分が採用し、誰より近くで、長年共に仕事してきた、同じ編集者の後輩だ。その彼輩から、こんなメールが来ていたのだ。
「ちょっと待ってよ」
そのメールは、私が送った彼へのメールの返信だった。私は、自分の仕事を引き継いだ彼に対して、そのやり方を正す、強い指導のメールを送っていた。何なら、彼への置き土産のようなつもりだった。
それを、彼は突っぱねた。彼は、こうも書いていた。
「本気で何かを伝えたいなら、きちんと向き合うべきではないでしょうか」
彼の言う通りだ。と、今ならわかる。
でも、当時の私は、自分を正当化した。
「私は忙しいのよ! 部下が20人もいるのよ。一人ひとりと向き合ってなんかいられなくて当然でしょう」
表面的には、彼に謝ったと記憶している。しかし心では彼を切っていた。「私には、もっともっと大きな、やるべきことがあるのよ」と思っていた。
そして私は、退職し起業した。起業の目的は、クライアント企業を相思相愛にすることだ。
相思相愛とは、社長と社員、上司と部下や同僚同士など、社内のタテヨコナナメの関係が、互いに思いやりあい、助け合い、同じ目的・目標を見て、活き活き働けている状態をいう。
情報誌の記者・編集者として「相思相愛」な会社や職場を大量取材し、「どうすれば『相思相愛』になれるのか?」をつかんだ私は、「他社を相思相愛に」できると思っていた。
編集記者とは畑違いの起業だったが、思いのほか仕事は順調に進んだ。
ところが、ある日、デジャヴが起こった。
売上をさらに大きくしようともくろんで、美しい会場を借り、「相思相愛」に関する有料の営業セミナーを開いたときのことだった。
セミナーの中盤、あるベテラン女性経営者が言ったのだ。
「まだちゃんと雇用もしてないあなたに言われても、何の説得力もないのよ。分かったようなことを言うのはやめてくれないかしら。正直、がっかりしたわ」
頭が白くなった。
相手は、誰よりも私が敬愛し、相思相愛に共鳴してくれていた人である。まさに、言葉で胸を撃ち抜かれたようだった。
しかも、鉛の弾は、いつまでも胸に重く沈んだままだった。
「どうしよう」
過去の私は、彼を切った。でも、今回はそう、できなかった。営業目的はとうに捨てている。そうではなく、このままではいけない気がすごくした。
私は、当日の参加者に向けて無料でセミナーを開催した。招待の理由は「この前のお詫び」と明言した。もう、格好もへったくれもない。参加者に「どんな内容だったらいいか」ヒアリングして、償おうと必死だった。
予算がないから、場所は小さな自社の会議室。懇親会は実費をいただき、居酒屋だ。
ところが、ここに全員が参加した。しかも、その後セミナーは、彼らの力で6回シリーズの対話型の“塾”に発展した。相思相愛について、対話しながら、気づき合う、真剣で温かな場ができていった。
あの、どん底のようなデジャヴの場が、なぜ、こうなったのか?
理由は、私自身が裸になったから、だと思っている。要するに、きれいに見せる、格好つけることがなくなっていた。自己を開示すればこそ、相手も開いてくれるし、受け入れてもらえることを実感した。
例えば、6回シリーズの最終回、悩みに悩んで、私はある素材を提供した。
塾に参加している仲間の前で、
「これは、あるマネジャーが、部下から受け取った実際のメールです」
と言って、読み上げた。
――今までほったらかしにしていたくせに、急に厳しいことを要求されても、なんの説得力もない。自分の都合で行う、自分本位のにわかマネジメントはやめていただきたい。
――本気で何かを伝えたいなら、きちんと向き合うべきではないでしょうか。
私は、彼のメールを退職時にプリントし、ずっと手元にもっていた。書類整理のたびに読み返しては、「捨てない」選択をしてきていた。それを、初めて人に開示した。
読み終えると、シンと聞き入っていた参加者は口々に言った。
「これ、厳しいなあ」
「自分だったらと思うと、胸が詰まるよ」
「一方で、相思相愛に必要なことを教えてくれている気がする」
その対話が途切れたところで、白状した。
「このメールをもらったのは、私です」
と裸になった。
正直、めちゃくちゃ怖かった。「相思相愛」なんて言いながら、そのザマかよ、と、言われて当然のメールである。
ところが、だ。
彼らはさらに温かくなった。これを機に、相思相愛の絆はぐんと深まった。
実際、塾の仲間は、いまだに「同窓会」と称して、半年に1度会っている。この1年はオンラインで、相思相愛をテーマに休日に、1回5時間近い対話になる。
もう一つ、思ってもみなかった相思相愛が現れた。
相手は、メールの彼である。
思い切って彼に連絡を取り、8年ぶりに会い、食事をした。私は彼に謝った。彼は、自分が送ったメールのことを覚えていた。そして「僕も、言い過ぎたと思って、ずっと心に残ってしまっていたんです」と言ってくれた。
彼は下戸だ。その彼が「二次会に行きませんか」と言ってくれた。
心から私は、うれしかった。
相思相愛は自分で創れる。
そのためには、ちょっぴりの勇気を出して、裸んぼうになることだ。
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