記事:働きかた研究所 平田未緒
「あなたは、新緑が好きですか?」
私は、小さいころから大好きだ。
中学生のころなど、新緑のエネルギーを存分に味わうために、片道徒歩30分の通学路を、敢えて一人で帰っていた。
先日、午後からの仕事に備え、仲間と急ぎのランチをした日も、陽の光に新緑が美しく映えていた。
店は、2方向に大きな窓のある明るい作りで混んでいて、私たちが入って満席になった。カウンター席に20人、テーブル席に15人。フロアにはスタッフが2人いて、忙しそうに働いている。
メニューを置くと、女性スタッフが気がついて、注文を取りに来てくれた。
単品で注文すると「ご一緒に味噌汁はいかがですか?」。目を見て話しかけてくる笑顔がまぶしくて、豚汁とサラダを追加した。
普段なら「要らないから単品で頼んでいるの」と心の中で言う私だ。なのに今日は追加した。
なんだか不思議な感じがしたが、仲間も温泉卵を追加して、2人で「美味しいね」と食べあった。
お会計もその女性だったので「このお店で働き始めてどのくらいなんですか?」と聞いてみた。
すると、顔を上げニコッと笑い「ここでのパートは、3年目なんです」。
さらに「そうでしたか。お仕事、楽しいですか?」とたずねると、
「はい! すごく楽しいです。接客が好きで、職場も好きで、天職だと思ってます」と、エネルギーに満ちた笑顔で即答した。
店の外に出ると、仲間が「今の人、素敵やったねー」と楽しそうに言ってきた。
私も「ほんとだね」とうなずいて、ふと空を見上げると、街路樹の新緑がまぶしくて、彼女の笑顔が重なった。
年齢は、40代半ばだろうか。パートなのに、彼女が放つエネルギーは輝きに満ちていて、まるで新緑のようだった。
「パートなのに」と書いたのは、パート・アルバイトなど非正規で働く人たちは、正社員に比べ仕事で輝きづらいからである。
「何を証拠に?」と言われたら、それは「私の専門的な経験」だ。
というのも、私は17年にわたり人事マジメント専門誌の取材記者をしていた。
それもパート・アルバイトの人事管理に着目し、「採用」「定着」「モチベーションアップ」が上手な経営者や管理者に、「成功ポイント」を聞き続けた。
同時に、パート・アルバイト自身の声もたくさんたくさん、聴いてきた。なぜなら「採用」も「定着」も「モチベーション」も、働く当人の「ここで働きたい」「続けたい」「頑張りたい」気持ちなくして、生じ得ないからである。
もちろん、正社員なら誰でも輝けるわけではない。それでも、パート・アルバイトは正社員に比べ「輝きづらい」と、1000件以上の取材経験から感じている。
実際、話しの途中で「今の職場で働くのがつらいんです」と、泣き出してしまう人もいる。ある人は「店長がウツで休職し、代わりの正社員が来ないので、パートの中でも一番社歴の長い自分が代行している。その責任が重すぎてつらい」と言っていた。
「スタバのアルバイトは輝いていて、定着もいい」ことが、しばしば話題に上がるのは、そうした職場が少ないからだ。
さらに言えば、『プロジェクトX 挑戦者たち』や『ガイアの夜明け』のような企業ドキュメンタリーで、パート・アルバイトが主役になることはほとんどない。理由は簡単で、主役級の仕事を担うことがないからだ。
「そんなの、あたり前でしょう?」
と思うかもしれない。しかし、両者は「雇用されて働いて、賃金をもらっている」点で同じである。
いったい何が違ってこの差が出るのか。
以下に改めて記してみよう。
違いの第一は、正社員が無期雇用契約であるのに対し、パート・アルバイトは多くの場合、会社との初期契約が「有期雇用契約」であることだ。「3カ月契約」なら、3カ月後には契約が切れ、「社員」でいられなくなってしまう。
違いの第二は、正社員がフルタイム勤務であるのに対し、1日5時間、週3日など、短時間勤務が多いこと。「自分の都合に合わせて働きやすい」ため、パート・アルバイトで働く人の大きなメリットになっている。
第三は、働く期間や時間が限定的であることから、仕事も限定的であることだ。限定的な仕事は「ちょっと習えば誰でもできる」「未経験者でもできる」ため、誰もが採用されやすい。一方で、「会社から教育投資されづらく」「仕事を通じた成長がしづらい」側面をもっている。
第四は、多くの場合、正社員に比べ低賃金であることだ。短時間勤務では大きな責任を担いづらい。かつ「誰でもできる仕事」の担い手に、企業は高賃金を払おうとしないのだ。
さらに見逃せないことがある。これらの違いが元となり、「マイナスのスパイラル」が回りやすいことである。
というのも、これらの違いを本人目線で描写すると、「簡単な仕事を」「部分的に担い」「教育もなく」「成長も感じられず」「賃金も低いまま」「やり続ける」ことになる。
これでは、「ここで働きたい」「続けたい」「頑張りたい」と思えない人が多くなるのも当然だ。結果働く意欲を失えば、ますます仕事は限定され、評価はされず、賃金も上がらない。
しかも、嫌気がさして退職し、次のアルバイト先に移っても、また同じ繰り返しになりやすい。
ランチタイムの彼女に引き付けられたのは、そうした働き方であるにもかかわらず、輝きにあふれていると感じたからだ。
「なんでだろう」
このことが気になって、ツテをたどり、彼女の上司の上司のさらに上司に会わせてもらい、店での体験を伝えてみた。
すると、即座に
「○○さんでしょう」
さらに
「彼女はあの店のエースなんです。もともと自分でお店をしていたそうですよ」
と言ったのだ。
私は、大きくうなずいた。そして「やっぱり」と腹落ちした。1000件以上の取材を通じて体感していた「成功ポイント」そのものだったからである。
そのポイントとは、「相手に関心を寄せる」ことである。
上司の上司のそのまた上司が、部下である正社員のことを知っているのは普通だろう。
しかし「いちパート社員」について知っているのは、働く仲間として、相手に関心を寄せているからに他ならない。
自分に関心をもってもらうことは、うれしいことだ。しかも、関心を寄せられると、その相手に関心を抱きやすい。
例えば雨の日に出勤し「大丈夫? 濡れなかった?」と聞かれたら。自分の仕事ぶりを見てくれて「素晴らしい対応だったね」と言われたら。
単純にうれしいし、言ってくれた相手に心を開きさらに会話が広がって、互いを認め合えるのが人なのではないだろうか。
「おだてて使う」ということではない。
そうではなく、働き方が違っても同じ「人」として関心を寄せあい、声を掛け合い、共に働くからこその楽しさや、自然な意欲の向上を、全員で感じ合えたらと思うのだ。
そのことで本人が輝けば、成長がついてくる。その分、任せる仕事のレベルを高めていき、貢献に応じて賃金を上げていく。正社員登用することも視野だろう。
「観葉植物に声をかけると生き生き育つ」
と聞いたことはないだろうか?
人も植物も生き物だ。関心を寄せ声をかければ、心が届く。そうすればどんな命も輝いて、仕事も生き生きできるのだ。
そんな「生き生き」を創りたくて、人事コンサルタントに転身して8年目。
新緑のように輝くアルバイトの彼女から、改めて確信させられたことだった。
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